NKP48とは?…百姓のイメージを覆すビックリなオモシロ百姓たち。彼らの共通点はマジメに農業を遊んでいるところ!

関連リンク >>> 日本の農業をオモシロくする!「国立ファーム」 野菜のレストラン「農家の台所」

 ●文:中野紀子(2009.5.25取材) 



由緒正しき(?)篠宮家。若い頃はスポーツに没頭。


篠宮仁さんの家の周辺は、「篠宮」の表札が多い。
なんでも、その昔、京都から出てきた一族らしく、ご自宅に在原業平の書物があるとか。そう言われてみると、「篠」も「宮」(→宮の出を意味するそう)も、さらに「仁」も高貴な漢字だ。

自宅も緑生い茂る庭に囲まれ、その先に畑が続いている。

そこで育った篠宮さんは4人兄弟の長男で法政大学を卒業、そして早稲田卒と立教卒の兄弟がいるというなかなかのインテリ一家。しかし、ご両親が教育熱心かというとそうでもなく自由奔放。勉強よりもスポーツに没頭する学生時代を送らせてもらったそう。

篠宮さんの、安定感と軽さを備えた身のこなしや明るいノリはまさしく体育会系男子である。

スポーツを通じて体得したことで、農業にも通じることを聞いてみると、以下4つをあげてくれた。
・忍耐強さ・辛抱強さ
・ここぞのときの集中力
・あとあとまでひきずらない(自然相手でどうにもならないこともある!)
・チームワーク one for all, all for one の精神(農業も個人プレーだけではダメ)


手入れされたお庭とご自宅


自宅の奥に畑が広がる


こちらは道路沿いの畑



立位体前屈は今でも20cm超!この柔軟性は農作業に活きる。


篠宮さんは、小さい頃からどんなスポーツでもそつなくできたというが、特に打ち込んだのが野球だったという。小学校時代に少年野球チームに入り、高校時代は法政一高で甲子園を目指した。都大会でベスト4進出。

大学時代は、野球一直線の高校時代とは一転して、流行りのテニスとスキーサークルに入部。
遊びかと思いきや、大学から始めたテニスではインカレ出場、スキーはウェーデルンをやってのけ、「ロン毛の時代もあったんですよ。ゲレンデの貴公子と呼ばれてました(笑)」と、持ちネタまである。

この運動能力の持ち主は、農作業をしてても疲れないという。
「たぶん疲れない体勢に自然となっているんでしょうね。ボク、体柔らかいんですよ」。

試しに立位体前屈をしてみてもらうと、驚きの20cm超!

普段から柔軟運動をしているわけでないのに、この柔らかさだそうだ。体を曲げたり、腰を低くしたりを繰り返す農作業のときにもこの柔軟性は確かに活きるだろう。



節目節目で恵まれていた。勝負の女神がついている。


大学時代を満喫した篠宮さんは、実家の農業を継いだ。
「小さいときはやっぱり継ぐのはいやだなって思ってましたよ。手伝いもあまりしなかったし。」しかし、社会人になる節目でやはり長男という責任感から、家業を継ぐことに。

「すごいラッキーなんですよ。農業を始めてから、ポイントポイントで恵まれていた。」と話す篠宮さん。

15年ぐらい前は、主に大根を栽培しており、ちょうど篠宮さんが農業を始めた年、大根の値がつりあがった。1日200〜300ケースを市場にもっていくと、数十万円の現金と交換。「農業って儲かるじゃん」、そう思ったのだという。

6年前からは、周年栽培できるものをということでミズナを始めた。周囲は、まだ大根やホウレンソウを作り続けており、ミズナ自体どんな野菜か知られていない頃で、「そんなもの作るのか」と笑われた。その一方で、証券会社で勤める知人から「これからサラダ業界が伸びる」という話も聞いており、自分の選んだ道を信じてみた。すると知人の言葉通り、篠宮さんのミズナも順調に売り上げが伸びたのだ。

「ずっと成功してきたわけじゃないけれど、節目節目で結果がついてきたから続けられてるんでしょうね」と笑う。

そして、2009年は国立ファームと一緒にトウモロコシのもぎとり体験やトマトのトロ箱栽培へ挑戦することを決めた。6月14日からのもぎとり体験は、1 か月前から予約が入りだし、2週間前には8割が埋まってしまうほどの人気ぶり。

「国立ファームとの出会いが、次の何かのきっかけになる予感がしている」というのが、勝負男の勘のようだ。



ミズナの周年栽培を基本に、トロ箱栽培に挑戦中


ミズナの栽培は水耕栽培が主流だが、篠宮さんは土耕で作り続けている。

筋がまっすぐシャキッと伸びて力強さがあるが、食べてみると柔らかく、繊維が気にならないとお客さんにも評判がいい。

一年中出荷できるように、ハウス(無加温)で栽培。ハウス栽培は、栽培によって偏った土中の栄養成分が雨で流されないため、土づくりが重要になってくる。

篠宮さんのところでは、鶏糞や牛糞、チップを使った堆肥で土の健康状態を保っているそうだ。その他、ハウスを覆うビニールはUVカットのものを使い病害虫対策をして(紫外線を見て飛んでいる虫は飛べなくなるため)、農薬を減らす努力をしている。

数年前からワケネギの栽培も始め、2009年は新たにトロ箱栽培でのトマト栽培の挑戦。

「農家も今までと同じことだけやっててもダメですからね」と、新しい栽培法を楽しんでいるのが表情に現われている。隣のハウスでは普通の土耕栽培でトマトを作り、トロ箱栽培と土耕栽培の作業性や出来を比べるための準備がちゃんとされていた。

勧められたものであっても、最後は自分の責任。自分が納得できる環境を作るのが、篠宮さんの成功の秘訣なのかもしれない。


ハウスの中で育っているミズナたち


トロ箱でのトマト栽培に挑戦



地元農家の、いや、夢はでっかく『農業界のムードメーカー』


高校の野球部時代、ポジションはサードだった。
どういう人がサードに向いているのかと質問してみると、「ビビリじゃないこと。サードは強打がくるところで、監督からは『体で止めろ!』と言われるしね。それと、サードにはムードメーカーを置くことが多いかな。」と篠宮さん。

確かに、今や地元・東久留米市の若手農家のアニキ的存在。青年部のリーダーを務めて組織の見直しをしたり、直売所の立ち上げにかかわったりと精力的だ。

「農業がひとつの産業として成り立つようにしたい」という思いを持ち、東久留米という場所でのこれからの農業について模索しつづけている。

直売所に出荷しはじめてから、栽培品目も徐々に増え始め、また消費者と直接触れ合うトウモロコシの収穫体験なども実施。

自らが失敗をしながら成功し、若手に真似してもらえる存在。

「宴会部長でもいいから、農業界のイチロー、いや、ムードメーカーになりたいですね(笑)」と話す。

 
2009年6月に行われた、「篠宮さんの畑でトウモロコシのもぎとり体験」の様子